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2012年02月08日(水) 05:10 JST
   

TN

狭山事件において、2番目の変死者が5月11日に「自殺」したTN(当時31歳、狭山市柏原新田在住)です。



朝日新聞 昭和38年5月13日付朝刊朝日新聞 昭和38年5月13日付朝刊

TNの「自殺」の状況は下記の通りです。

  • 5月11日午後8時すぎ、台所で夕食の後片付けをしていた奥さんがうめき声がするので奥の間に行ってみると、TNが鶏を殺す時に使う刃先が三角形にとがったナイフで胸を一突きにしてうつ伏せになって死んでいた
  • TNのすぐ横にはもうすぐ2歳になる子供が眠っていた
  • 隣の部屋ではTNの父が茶を飲みながらテレビを見ていた
  • ナイフはもともと台所にあったもので、奥さんはいつ持ち出したか気がつかなかった
  • 通常、刃物で自殺する際にはためらい傷が見られることが多いが、そのようなためらい傷は一切なかった
  • 胸を刺す際にはナイフをうまく横にして入れなければ肋骨に引っかかってしまって心臓まで刺さらないが、一突きで心臓を刺し貫いていた。
  • 新聞には、刑札の捜査結果として「市議選問題でさる1日ごろから悩み神経衰弱気味だった」と書かれたが、家族の証言ではそのように選挙に深入りしていたことはなかった

この「自殺」がなぜ狭山事件と関係づけられているかというと、TNが「犯人を目撃したかもしれない」と刑札に届け出ていたからです。

  • 事件当日(5月1日)、所用で堀兼にある兄嫁の実家を訪ねた帰り、腹具合が悪かったのでやげん坂の林の中で自転車を停めて用を足して立ち上がったところ、目の前に三人連れの男が通りがかった
  • そのとき、付近に男達の車もあった
  • 事件が騒がしくなった6日か7日頃、1日の出来事を思い出して刑札に届け出るために捜査本部に出かけた
  • 好意的情報提供のつもりだったが、当日の夜ふらふらになって戻ってきて、「犯人扱いされてきつく調べられた」と言って寝込んでしまった
  • 次の日は逆に呼び出しを受けて出頭したが、帰りには乗っていった自転車に乗る気力もなくなって刑札のジープで送られてきた
  • 「おれは犯人じゃない」「刑札ってとこはこわいところだ」とつぶやきながら寝込んでしまい、それから2~3日ノイローゼ状態だった

TNが刑札に目撃を届け出た6日・7日は、OGが自殺して篠田国家公安委員長から「生きている犯人を8日までにフンづかまえろ」という大号令が出た日です。また、「自殺」した5月11日は、遺体を埋めるために使用されたというスコップ(I養豚場のものとされる)が発見され、刑札が被差別部落に対する見込み捜査へと大きく舵を切った日です。

TNの死については、真犯人が口封じのためにTNを殺害したのではないかという推理があります。しかし、それにしてはなぜ夜8時過ぎという時間を選んだのかという謎が残ります。妻は働きに出ており(ゴルフのキャディー)、父親も農業で昼は出かけているため、TNと1歳の息子の2人しか家にいない昼間の方が目的を達しやすいのは明らかです。「自殺である」ことを強調するために、あえて隣の部屋で父がTVを見ていて妻も家にいたこの時間を選んだという考え方もできるでしょうが、それにしてはリスクが大きすぎるのではないかと思います。

私(管理人)の個人的推理としては、刑札内部に真犯人につながる共犯者がいて、TNの目撃証言を撤回させるためにあえて厳しい取り調べを行った。そうしたらたまたまノイローゼになって自殺してしまった、といったところではないかと考えています。

なお、TNを刑札が取り調べた内容(供述調書)は、再三の開示請求にもかかわらず公開されていません。OGに関する調書類(供述調書ならびに筆跡鑑定の詳細)と併せて、早急な公開を望みます。

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