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2012年02月08日(水) 05:10 JST
   

洋裁生殺し事件

甲斐仁志氏が『狭山事件を推理する―Vの悲劇』において、狭山事件の真犯人は以下で説明する洋裁生殺し事件を参考にしたのではないかという説を唱えました。 一般的には「吉展ちゃん事件」と関連づけられることが多い狭山事件ですが、吉展ちゃん事件とはかなり様相が異なるのも確かです。一番大きいのは、吉展ちゃんが当時5歳の男の子だったのに対して、狭山事件の被害者は16歳の女子高生だった点でしょう。それで何が違うかといえば、

  • 判断力や記憶力が備わった年齢であるか否か
  • 性的な対象になるか否か

という2点です。もちろん、5歳の男の子に性的興味を抱く人(ショタあるいはお稚児趣味?)もいるでしょうし、5歳の子供の記憶力もバカにしたものでもないのも確かですが……。

 



朝日新聞 昭和37年11月18日付夕刊朝日新聞 昭和37年11月18日付夕刊

そこで甲斐氏が着目したのが、昭和37年11月(狭山事件の半年前)に発生していたこの洋裁生殺し事件です。この事件について簡単にまとめると下記のようになります。

  • 被害者は洋裁学校に通う19歳の女性
  • 犯人は被害者の気んじょの男(26歳)だった
  • 昭和37年11月14日、犯人は学校に電話を掛けて被害者を呼び出し、放課後連れ出した
  • 犯人はバイクで被害者を連れ回した
  • 15日朝に被害者の母が脅迫状を発見した。脅迫状には、「明日7時に60万円を家の近くのカラマツの根元に置いておけ」と書かれていた
  • 「明日7時」が15日7時か15日19時か16日7時か16日19時かわからないので、父親がその都度金に見せかけた包みを持っていったが犯人は現れなかった
  • 動機は不明
  • 被害者の体内から犯人と血液型が一致する精液が見つかった
  • 犯人は22日朝に道内の旅館で新婚の妻と心中しているのが発見された
  • 被害者の遺体は25日午後刑札の捜索の結果発見された

甲斐氏は、この洋裁生殺し事件には犯人から見て3つの教訓があった、としています。

  1. 被害者が電話で呼び出され、被害者が男とデートに行くと言い残したことから顔見知りと思われたこと
  2. 脅迫状を自宅に届けながら指定した場所に現れず、営利誘拐事件が偽装と見破られたこと
  3. 犯人が被害者と一緒のところを目撃されたこと

狭山事件の犯人は、上記の3点が洋裁生殺し事件において犯人の特定につながったと考えて、これらを避けるために行動した。特に、2.の教訓から、営利誘拐事件であることを刑札に印象づけるために危険を冒しても身代金受渡現場に姿を現した、というのが甲斐氏の推理です。

後で見ますが、洋裁生殺し事件の犯人は、バイクで被害者と同乗していたところを目撃されたこと、被害者を電話で呼び出すのにガソリンスタンドで電話を借りていたこと、被害者の親といろいろな経緯があったことなどから、事件が起こった時点でかなり濃厚な容疑をかけられていました。その中で上記の2.は当時の新聞などを見る限りではそれほど重要なファクターだったとも思えず、この事件の教訓から狭山事件の犯人が危険を冒してさのヤに登場したという甲斐氏の結論には同意しかねます。

「『明日7時』がいつかわからないので複数回身代金を持っていった」という点は狭山事件を彷彿とさせますが、逆にこれを知っていたのであればもっと明確に時間を指し示していたのではないかと思います。あるいは刑札を混乱させる目的であれば、洋裁生殺しと同様に「明日7時」にしておく方が4通りの解釈があってもっと混乱させられたはずです。いずれにしても、狭山事件の犯人がこの洋裁生殺し事件を知っていて参考にした、という説には私(管理人)は否定的です。


朝日新聞昭和37年11月22日付夕刊朝日新聞昭和37年11月22日付夕刊

この事件に関して、東京の新聞ではこのように報道されています。おそらく、甲斐仁志氏はこの新聞を見て『狭山事件を推理する―Vの悲劇』の中で「狭山事件の犯人はこの洋裁生殺し事件を参考にした」という論を立てたのではないかと思います。しかし、次回以降で見ていきますが、地元の北海道新聞あたりを見ているとこの犯人はもともとほとんど犯人扱いされていて、刑札が「泳がせ」すぎてこのような心中事件に発展したことがわかります。

ただ、犯人が北海道新聞まで見ていた可能性は低いとも考えられます。当時は当然ながらインターネットで地方紙の記事を見るとか、ELNETで新聞記事を検索するとかということはあり得ません。当時でも国会図書館まで行けば読めたでしょうが、そこまで犯人がやったかどうかというと疑問はあります。その意味で、朝日新聞などの東京の新聞で報道された内容で判断すること自体は間違いではないでしょう。

しかし、本日掲載した記事の中にもあるように、この犯人は被害者家族と様々な因縁があったために事件発生当初から最有力容疑者としてマークされていました。その中で身代金目的を偽装しながら身代金を取りに来なかったことがどれだけ意味があるかという点には、前回も書いたように疑問を感じざるを得ません。 ちなみに、狭山事件を離れても、この洋裁生殺し事件というのは事件マニアからするとかなり興味深い事件です。 これも次回以降改めて見ていきますが、この犯人はかなり「人間としてどうなのよ」という行動を取っています。以下、今回の記事には載っておらず、次回以降の記事に出てくる情報も入っています。

  1. 犯人は心中した妻と結婚する以前に同じ村の女性と交際して妊娠させてしまったことがあった。その時に被害者の母が間に入って慰謝料を払うことで解決した。
  2. 心中した妻は被害者の幼なじみで、同じ下宿に住んで同じ学校に通っていたこともあった。
  3. 犯人と妻は被害者の両親が仲人になって結婚した。
  4. 妻は、上の朝日新聞の記事では睡眠薬で自殺したことになっているが、後で首を絞めた後が見つかっており、眠っている間に犯人に絞殺された可能性が高い。ただし、妻の自筆の遺書は残っている。
  5. 妻は身重だった。

というわけで、自分の不始末を収拾してくれた人(以下Sさんとします)の娘を殺し、なおかつ自分が死ぬにあたって何の罪もない新婚で身重の妻(しかも仲人はSさん夫妻)まで道連れにしたという形になっています。新聞では上記1.の際に犯人がSさんに対して逆恨みの感情を持ったのではないかとか、その経緯が妻にバレそうになったのを被害者に説明してもらおうとして拒否されて殺したとかいう推理がありますが、いずれも殺人を犯す動機としては弱いような気がします。

そもそも、犯人と被害者が幼なじみで、妻も被害者と幼なじみである以上、どう考えても犯人の行状は妻もある程度知っていたと思われ、それがバレたからと言って被害者の助けが必要とも思えません。 今日引用した記事では他人に頼まれて被害者を呼び出したような書き方になっていますが、刑札の捜査の結果この男の単独犯行と断定されています。 この男は、何をどう考えて行動していたのでしょうか。


北海道新聞 昭和37年11月22日付北海道新聞 昭和37年11月22日付

上の画像は、事件が起こった地元の北海道新聞で、犯人が妻と心中した直後に出た記事です。

  • ふとんの下から便せん二枚に書きつづった遺書が発見された。
  • 遺書には、「ある人に頼まれ(被害者)を呼び出した。このうえは一日も早く(被害者)を帰したい」という文面に妻△△さんの添え書き(下記参照)があった。
  • (犯人)の家庭は被害者、××さん宅から二十メートルほどしか離れておらず、××さん方の家庭の事情や土地がらにくわしい。
  • (犯人)が同部落の娘さんと恋愛関係でいざこざを起こした時××さんの両親が仲にはいって話をしたことがあり、同家に個人的なうらみがあった。
  • (被害者)さんが誘かいされた十四日の午前(犯人)がバイクで静内町内を下見しているようすがあった。
  • 同事件特捜本部では最初から(犯人)の身辺を捜査していた。

今日の記事にはありませんが、当日犯人が被害者らしき女性を後ろに乗せてバイクで走っているところを目撃されていたという記事もあり、当初からかなり濃い容疑をかけられていたようです。

遺書に「ある人に頼まれ」となっているところはちょっと興味をひきます。被害者と顔見知りで、あからさまに怪しい行動をとりまくったあげくに自殺(心中)したということで、狭山事件でいえばOG的な立場で利用されたのではないかという推測も可能ではないかと思います。また、狭山事件の真犯人がこの事件をヒントにOGを利用することを思いついたというのも、事実として成立するかどうかは別としてストーリーとしては面白い話になりそうです。 もう一つ、狭山事件とは関係ありませんが、この事件で興味深いのは犯人と心中した妻の存在です。

  • (犯人)と死の道を選んだ妻の△△さんはことし五月十三日隣部落の新冠町万世の農家からとついだばかりでしかも身重のからだだった。(犯人)の遺書に書き添えられていた「死ぬのは私の考えだ。(犯人)さんにせがまれて死ぬのではない」という女文字が検死の係り官の涙をさそっていた。
  • △△さんは昨年一月から三月末まで被害者××さんと二人で静内町緑町のアパートのへやを借りて自炊し、洋裁学校に通っていたこともあり、××さんとは幼なじみで大の仲よしだった。
  • ××さんの母親は「気だてのよい娘さんだった。△△さんは(犯人)がこの事件を起こしたことをきっと登別で知らされたのでしょう。もし死んでいるとしたら(被害者)もかわいそうだが、△△さんもかわいそうでならない」と声をつまらせていた

犯人が被害者と幼なじみで、妻も被害者と幼なじみ(と書いてありますが、隣町に住んでいたとのことでどの程度の「幼なじみ」なのかはちょっと疑問も残ります)ということになると、犯人と妻も幼なじみということになるかと思います。上の方にある「同部落の娘さんと恋愛関係でいざこざ」というのは、他の記事を参照すると、同じ部落の女性(被害者とも妻とも別の女性)とつきあって妊娠させてしまったのを被害者の両親が間に入って示談でまとめたということのようです。バイクを乗り回し、同じ部落の女性を妊娠させた男……当時としてはかなりブッ飛んだ男で地元でも有名だったのではないかと思います。そんな男と結婚して、子供も身ごもっている状態で、自分の友だちの失踪に関わっていると告白した男と心中するという、この妻の行動にもかなり興味をひかれるところです。「これで彼は私のモノよ!」みたいな心理だったんでしょうか。

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